戦後の男性を勃たせたカストリ雑誌

日本の敗戦で終わった太平洋戦争の最中は、欲しがりません勝つまでは、娯楽などなくひたすら耐え続ける生活を庶民は送っていました。しかし1945年に終戦を迎えてからは、徐々にではありますが、大衆向けの娯楽も復活していきます。その中で、もっとも根源的な娯楽とも言える“エロ”需要を満たすために登場したのが、カストリ雑誌です。

カストリの意味とは?

カストリ雑誌とは、わかりやすく言えばエロ本の俗称です。内容はエロのみではなくエログロなものなどもあったようですが、基本的には官能的なイラストと読み物で構成されており、娯楽に飢えた当時の男性たちは大喜びで手を伸ばしたといいます。

そもそも“カストリ”とはどういう意味でしょうか。これにはふたつの説があり、まずは1合ならともかく3合も飲めばたちまち酔いつぶれる、と言われた当時の粗悪な焼酎“カストリ焼酎“に由来するというもので、それらの雑誌も続けて3号出たあたりで潰れてしまう、というものです。戦後の混乱期ですからしっかりとした雑誌の制作、供給体制もなく、また内容も当時の日本を取り仕切っていたGHQに目をつけられやすいということもあったようです。

もうひとつの由来は、やはり当時の情勢から、雑誌をするための紙は配給制になっており、猥褻な雑誌のために紙が割り当てられることはなかったために、“紙のカス”から作る質の低い再生紙・仙花紙を集めて刷ったことから“カストリ雑誌”と呼ばれた、というもの。実際に紙の質は劣悪で、現存するカストリ雑誌は少なく、残るものも痛みが激しいために慎重に保存する必要があるのだそうです。どちらの由来も正しいような気がしますし、ふたつの意味から定着していったのかもしれません。

発売されるや大ブームに!

さて、カストリ雑誌の第1号と言われているのが、1946年に創刊された「りべらる」という雑誌です。これは販売と同時に話題となり、なんと20万部も発行されたというから、ちょっとしたベストセラーです。

同年の末に創刊された「猟奇」は、誌名の通りエログロをテーマとする雑誌ですが、1947年発売の第2号に掲載された記事「H大佐夫人」が原因で発禁処分が下されます。H大佐の家に下宿した青年が、その夫人と姦通(今で言う不倫)するという内容でしたが、これは、戦後初の刑法175条、通称“わいせつ罪”の適用となっています。

戦中、戦後の時代も反映していた

「H大佐夫人」の例でもわかるように、カストリ雑誌に掲載されたのはエロをテーマとした小説や告白記、体験談などです。太平洋戦争により多く生まれた未亡人が、暮らしのために体を売る、といった告白記も多かったそうで、まさしく時代を反映しています。

一方で、敗戦により迎えた新しい時代を象徴するように、男性のみならず女性向けのカストリ雑誌も存在していました。健康的なセックスをするための指南、男性をその気にさせる女性からのアプローチ法、といった記事も人気だったそうで、後の女性解放運動、性の解放運動に繋がるような内容のものだったといいます。

その後経済も復興していくなかで、粗悪な髪質、粗悪な内容のカストリ雑誌は姿を消していきますが、これは“紙質のいいエロ本”が取って代わっただけの話で、いつの時代もエロ本が消えることはありませんでした。現在ではエロ本は劣勢、アダルトビデオなどをbネット経由で見る時代となりましたが、“エロいコンテンツ”と言い換えれば戦後から、それどころか春画の時代から脈々と引き継がれてきた文化と言えるのかもしれません。

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       http://allabout.co.jp/gm/gc/64795/2/